旅するペーパーくん

ペーパーくんの癒しとヒラメキの日々

『OM』コンビ終焉

マサは、先輩営業マンのオッチーさんとコンビを組んで2年が過ぎようとしていた。東京出身のオッチーさんは長い単身赴任生活を終えて東京に戻れることになった。マサは一抹の寂しさがあったが、家族と一緒に生活できることを喜んであげ『いつまでもダジャレで回りを楽しませて』と別れの挨拶に添えた。この時、オッチーさんが第2の師匠であったことを感じた。東京で企画を教えてくれた先輩主任が第1の師匠で、ふたりの教えにより企画と営業ができるマサになってきたような気になっていた。社内では『OM』コンビと注目されていたが、ひとつ心残りだったのは『ペーパー』の縁がほとんどなかったことであった。ジャイアンツ『ON』コンビもそうであったが、長嶋が引退すると王だけでは優勝できなくなったように、オッチーさんがいなくなるとマサは勢いがなくなっていくのがわかった。最も大変だったのは、身近にいる人に足を引っ張られたから困っていた。この状態はいつまでも続くわけはないと、マサだけでなく回りの人達も察してくるようになった。一年後、事業部長室に呼ばれ『ペーパーがいっぱいある所へ』と辞令がおりた。これまで、なかなか『ペーパー』に縁がなかなかなかったので考慮してくれたのだなと受け入れることにした。送別会の挨拶で『ゴッホが南フランスでヒマワリの絵で開眼したように、マサも温暖な三ケ日の地でゴッホのような油絵が描けるようになりたい』と仕事の話をせずピントがズレたコメントをしていた。オッチーさんに代わり、今度はマサが単身赴任生活をすることになった。まさか6年半も過ごすことになるとは思わなかったが、テレビ、モバイルパソコン、冷蔵庫、レンジ、ベッドなど一通り買い揃えて三ケ日の地へ向かった。